これまでのあらすじ:元々女の子だったスバル♀が異世界召喚されたと思ったら男になってて、うわまじかあ~って思いながらTS異世界召喚を満喫しつつ時々死んでいたが、ある朝目が覚めると―――?
まだ日の登りきらない明け方。心地良い朝の気配を感じながら、ベアトリスは幸福な気持ちを齎す温もりの隣で目を覚ます。スバルと正式に契約を交わして以来彼女は、禁書庫で寝起きを過ごした四百年間一度だって味わったことがないほどの幸せに浸りながら朝を迎えていた。
「まだ寝てろよ……」
むにゃむにゃと、掠れた声でベアトリスを腕枕するスバルが言う。どことなく声に違和感を覚えたが、微睡むベアトリスは深く考えることはせず、愛しい契約者にすり寄った。特別逞しいわけでも、いい匂いがするわけでもないが、世界中のどこよりも幸福に満ちた場所が、スバルの腕の中だった。
胸板にすり寄ろうとすると、ふにゃん、と柔らかな感触がベアトリスの頬に触れた。ベアトリスの玉の肌はどこもかしこもふにゃふにゃだが、今ベアトリスが触れているのはスバルのはずだ。契約者の異常を察知し、今の感触はなんだと、勢いよく目を開く。
見開かれた青い瞳の前には、あるはずの真っ平らな胸板がなく、代わりに寝間着を押し上げる双丘が鎮座していた。
バッと掛けられていた布団を捲りあげる。
ベアトリスを抱いていたのは、大好きな契約者の青年――ではなく、一人の少女だった。ベアトリスの契約者と、性差を除けばほぼ同じ顔立ちをした少女。
少女の髪は契約者の青年と同じように黒いが、白いシーツの上に波のように広がるほどには長い。寝間着の胸元は、青年の持っていたあまり逞しくはないが頼もしい胸板ではなく、ばーんと効果音が付きそうな豊満な脂肪によって押し上げられている。スバルの縁者だと言われればすぐに信じてしまえる容貌だが、スバルと唯一契約を交わしている精霊のベアトリスには分かってしまった。
目の前の少女こそが、ナツキ・スバルその人である、と。
「にぎゃーーーーーー!」
宿屋の朝は、幼女の悲鳴で始まった。
「ほあっ! 敵襲か!?」
幼女の悲鳴を受けて、スバルはがばりと起き上がる。いつも通りの寝起きの良さを発揮し、一瞬前まで寝ていたなどとは思えない機敏さで、ベッド横のサイドテーブルに置いていた鞭を手に取った。それを構えるとベッド周りを見回すが、もちろん敵襲ではないため、部屋の中には白いシーツの上で少女を見て今にも泣きそうな顔をしている幼女しかいない。
「ベアトリス? 何かあったのか?」
大切な相棒に何かあってはたまらない。すぐに声を掛けるが、ベアトリスの反応は思わしくない。怯えたような、どんな反応をすれば良いのか分からないような、困惑した表情を浮かべてスバルを見つめている。
「本当にスバル……かしら?」
「俺はいつでもナツキ・スバ……あれ?」
ナツキ・スバル、と名乗ろうとしたところで、声がいつもより高いことに気付いた。鞭を持っていない左手で喉に触れようとしたところ、左腕が途中で何かにぶつかった。障害物などあるはずがないのに、何故だろう。
というか、起きた時から胸の部分がやけに重い。そう思ったスバルが視線を下に下ろすと、はだけた寝間着の胸元から、白い二つの乳房が半分ほどこんにちはしていた。いや、今の時間帯ならおはようございますか。
「あ、戻ってる」
なるほど、先程腕にぶつかったのはこれか。むにゅりと、自身の胸についてる脂肪の塊の片方を掴んだ。懐かしい感触だ。手の平に収まらないそれを以前は無駄に成長して邪魔でしかないと思っていたが、こうやって数年ぶりに再会すると感慨深いものがある。
「戻ってるって、いったいどういう」
「大丈夫ですか! スバルくん!」
スバルの言葉にベアトリスが疑問を投げかけたが、扉を蹴破る勢いで入ってきたレムによって中断された。悲鳴をあげたのはベアトリスなのに、心配する相手はスバルなあたり流石はレムだ。ぶれない。
レムの白い手に握られたモーニングスターは、明けの明星の名に相応しく、スバルの穏やかな眠りを妨げた何者かを潰そうという力強い信念によって、いつもより一段と輝いていた。じゃらりと鎖の音を鳴らしながらスバルの方を向いたレムは、目をぱちりと瞬かせて首を傾げた。
「その可愛さはスバルくん……ですよね?」
「可愛さで判断できるほど可愛かった記憶はないんだけどなあ」
男の頃に可愛かった覚えもないし、女に戻った今だって可愛いとは思えない。微笑めば花も恥じらうような可憐さを持つレムと比べれば、少なくとも月とすっぽん程の違いはあるだろう。
胸を揉んでいた手を放して、頭を掻こうとしたところで指に引っかかる髪の多さに気が付く。胸にばかり意識が行っていたが、そういえば頭も重い。長髪など久しぶりで、あとでレムに切ってもらおうと思いながら、寝起きで乱れた髪を撫でつける。
バタバタと、スバル達の部屋に向かってくる足音が複数聞こてきた。レムは異様に来るのが早かったが、起きてきた他の面々もベアトリスの悲鳴を聞いて駆けつけようとしているのだろう。
「あー……面倒なことになりそうだな、これ」
取り合えず大きくはだけた胸元を元に戻しながら、スバルは小さく呟いた。