「お前が死ねば良かったのに!」
言ってしまってから、後悔した。思いがけず口から出てしまったそれは、何があろうと人に向けてはいけないものだと理解していた。全身から血の気が引くのが自分で分かる。
「俺もそう思う」
心臓を氷の刃で刺されたような感覚が襲う。今の言葉は、誰の言葉だ。
鼻で笑って聞き流すでも、怒るでも良い。だが、同意だけはされてはいけなかった発言を自分はした。最善を期すために誰よりも死に近い場所で戦う彼の功績を誰もが知っている。
――ああ、自分でも、本当は分かっていた。彼女は運がなかった。ナツキ・スバルは英雄だが、彼の手がすべてを救えるわけがない。全てを掬おうとして必死に戦って自らの命まで危険に晒して、それでもほんの僅か取りこぼしてしまったところに彼女が入ってしまった。プリステラの一件で、魔女教以外を責めるのはお門違いというものだ。
「ごめん。俺が死ぬことを怖がらずにもっとちゃんとやれていれば、被害はもっと小さくできたはずなんだ。あんたの友達だって、俺がきっと助けることができた。代わりに死んでいれば、もっとたくさんの人が助けられたはずなんだ」
それなのに、どうしてこの人はそんな申し訳なさそうな顔で、自分に謝ってくるのだろう。今自分は人として言ってはいけない鋭い刃を投げつけたのに、それを避けずに、真正面から受け止めて、ひどく辛そうな声で謝罪を告げてくる。
こんなのはおかしい。だって彼は、魔女教の大罪司教を何人も倒し、三大魔獣を二体も討伐したような素晴らしい人だ。この世界になくてはならない人で、ナツキ・スバルがいなければそれらの偉業は決して成しえることはなかったと、彼と共に戦った誰もがそう口にするくらいの英雄で……。
――英雄?彼が?
本当にこの人を英雄なんて呼んでいいのだろうか。この人は、この少年は、大勢から英雄と呼ばれて命や希望を背負わされて、それで本当に潰れずに生きていける人なのか。
死を望まれて、それを受け入れて、「自分が代わりに死んでいれば良かった」と困った顔で笑って言う姿を見て、背筋に寒気が走った。誰がこの少年をこんな風にしたんだ。二十歳にも満たない少年に多くを背負わせて、どうして誰もこの歪みに気が付かない。……いや、当然だ。彼を責める人間なんていない。だって彼は、称賛されこそすれ、責められるようなことなど何もしていない。だから、責められた時の彼の反応を周囲の方達が気付かなくても仕方ないのだ。
喉が渇く。心臓がばくばくと音を立て、全身に必死で血を送っている。
怖くて仕方がない。今自分が言ってしまった人の死を望む言葉が。それを受け入れる少年が。少年の心の中にある、闇が。
黒い双眸と視線がかち合う。深い深い、底の見えない深淵に、引きずり込まれそうになる。この目を知っている。死を願うほどの絶望を味わった者の目だ。結婚が間近に迫った恋人を失なった自分が、毎日鏡で見る闇だ。
こんな目をする少年を、英雄になど誰がした。
「お前が死ねば良かったのに!」
言ってしまってから、後悔した。思いがけず口から出てしまったそれは、何があろうと人に向けてはいけないものだと理解していた。全身から血の気が引くのが自分で分かる。
「俺もそう思う」
心臓を氷の刃で刺されたような感覚が襲う。今の言葉は、誰の言葉だ。
鼻で笑って聞き流すでも、怒るでも良い。だが、同意だけはされてはいけなかった発言を自分はした。最善を期すために誰よりも死に近い場所で戦う彼の功績を誰もが知っている。
――ああ、自分でも、本当は分かっていた。彼女は運がなかった。ナツキ・スバルは英雄だが、彼の手がすべてを救えるわけがない。全てを掬おうとして必死に戦って自らの命まで危険に晒して、それでもほんの僅か取りこぼしてしまったところに彼女が入ってしまった。プリステラの一件で、魔女教以外を責めるのはお門違いというものだ。
「ごめん。俺が死ぬことを怖がらずにもっとちゃんとやれていれば、被害はもっと小さくできたはずなんだ。あんたの友達だって、俺がきっと助けることができた。代わりに死んでいれば、もっとたくさんの人が助けられたはずなんだ」
それなのに、どうしてこの人はそんな申し訳なさそうな顔で、自分に謝ってくるのだろう。今自分は人として言ってはいけない鋭い刃を投げつけたのに、それを避けずに、真正面から受け止めて、ひどく辛そうな声で謝罪を告げてくる。
こんなのはおかしい。だって彼は、魔女教の大罪司教を何人も倒し、三大魔獣を二体も討伐したような素晴らしい人だ。この世界になくてはならない人で、ナツキ・スバルがいなければそれらの偉業は決して成しえることはなかったと、彼と共に戦った誰もがそう口にするくらいの英雄で……。
――英雄?彼が?
本当にこの人を英雄なんて呼んでいいのだろうか。この人は、この少年は、大勢から英雄と呼ばれて命や希望を背負わされて、それで本当に潰れずに生きていける人なのか。
死を望まれて、それを受け入れて、「自分が代わりに死んでいれば良かった」と困った顔で笑って言う姿を見て、背筋に寒気が走った。誰がこの少年をこんな風にしたんだ。二十歳にも満たない少年に多くを背負わせて、どうして誰もこの歪みに気が付かない。……いや、当然だ。彼を責める人間なんていない。だって彼は、称賛されこそすれ、責められるようなことなど何もしていない。だから、責められた時の彼の反応を周囲の方達が気付かなくても仕方ないのだ。
喉が渇く。心臓がばくばくと音を立て、全身に必死で血を送っている。
怖くて仕方がない。今自分が言ってしまった人の死を望む言葉が。それを受け入れる少年が。少年の心の中にある、闇が。
黒い双眸と視線がかち合う。深い深い、底の見えない深淵に、引きずり込まれそうになる。この目を知っている。死を願うほどの絶望を味わった者の目だ。結婚が間近に迫った恋人を失なった自分が、毎日鏡で見る闇だ。
こんな目をする少年を、英雄になど誰がした。