【リクエスト内容】

ユリスバで絵本の「100万回生きたねこ」パロ

主人公ねこ:スバル

白猫:ユリウス

 

 

 

きみをとかすよるに

 

 

 

 あるところに、他の猫より少し目つきの悪い黒猫がいました。

 100万年も死なない黒猫は、100万回死んで、100万回生きました。

 100万人の人が黒猫を可愛がり、100万人の人が黒猫の死を悲しんで涙を流しました。

 けれど黒猫は、一度も泣いたことはありません。

 

 黒猫はいつも置いていく側だったので、置いていかれる人たちの気持ちなど考えたことがなかったのです。

 

 

 

 あるとき黒猫は、とある集落の飼い猫でした。

 森の奥深くにある集落に住む人々は皆耳がつんと尖っていたので、同じくつんと尖った耳を持つ黒猫をとても可愛がってくれました。

 その中でも特に黒猫を可愛がってくれたのは、集落で一番綺麗な銀髪を持った紫の瞳をした少女でした。あまり動物と接する機会がなかったのでしょう、黒猫を撫でる手の強さも、黒猫を抱きしめる腕の強さも、小さな黒猫には少し痛いくらいでした。けれど黒猫は気にしません。黒猫は、少女が大好きだったからです。

 

 ある日黒猫は、散歩中に怪しい集団を見つけます。少女とお揃いの尖った耳をピンと立てて、黒猫は様子を伺いました。

 

「森を焼いて、エルフ達を殺してしまおう」

 

 黒猫はたくさん生きてきたので、人の言葉を理解することができます。彼らの言う『エルフ』が、耳が尖った集落の人々の呼び名だと知っていました。耳の尖った彼らを嫌う悪い人たちが、彼らを傷つけに来たのです。悪い人たちは恐ろしいことに、集落のあるこの森を焼こうとしていました。

 皆がとても強いことは知っていましたが、皆の家を奪われるわけにはいきません。皆が大好きだった黒猫は、悪い人たちを追い払おうと、噛みつき引っ掻き頑張りましたが、小さな黒猫の体ではどうすることも出来ませんでした。たくさん体に傷を負って、とうとう黒猫は負けてしまいました。

 騒ぎに気付いた集落の人々が来た時には、黒猫はもう満身創痍でした。魔法が得意な彼らは、あっという間に悪い人たちを倒します。もう大丈夫だと思った黒猫は、みゃあ、と小さく鳴いて、死んでしまいました。

 

 お腹からたくさん血を流して死んでしまった黒猫を抱きしめて、銀髪の少女は泣きました。たくさんたくさん泣きました。

 そして、集落の中心にある木の根元に黒猫を埋めてあげました。黒猫は賑やかなところが大好きでした。きっとそこなら寂しくないでしょう。

 

 

 

 あるとき黒猫は、とあるお屋敷の飼い猫でした。

 国の凄い魔法使いが住むそのお屋敷には、魔法使いの古い知り合いの小さな女の子と、双子のメイドがいました。

 黒猫は双子の妹が大好きでした。いつの間にか黒猫をとても可愛がってくれるようになった優しい彼女は、毎日黒猫の毛並みを整え、ご飯を準備し、たくさん名前を呼んでくれました。

 黒猫は双子の姉のことも大好きでした。普段は厳しいですが、猫が風邪で寝ているときにそっと背を撫でてくれる、優しい手と心の持ち主だと知っていたからです。

 もちろん小さい女の子のことも忘れてはいけません。黒猫は彼女のことも大好きです。彼女がとても寂しがり屋だと分かっている黒猫は、本ばかりの部屋に閉じこもっている彼女のところへ毎日のように遊びに行きます。

 お屋敷の主である魔法使いのことも、黒猫は好きでした。見た目はちょっとあやしいですが、双子のことを大事に想っている人だと黒猫は知っていたからです。

 調理場の入り口で双子の妹から美味しいおこぼれが貰えるのを待ち、双子の姉が魔法使いのためにお茶を淹れる姿をじっと見て、毎日のように小さな女の子と遊び、時々魔法使いのねこじゃらしに翻弄される日々を過ごしていた黒猫は、毎日とても幸せでした。

 

 ある日、屋敷の周りを散歩していた黒猫は、割れた緑色の石が落ちているのを見つけました。

 これはなんだろうと思っていたら、なにやら唸り声が聞こえてきます。黒猫が顔をあげると、そこには角を持つ大きな黒い犬がいました。

 猫は長い年月を生きてきたので、その角を持つ犬が悪いものだと知っていました。困ったことに、屋敷で一番強い魔法使いは、今お使いに出ていていません。屋敷にいるのは、可愛い少女達だけです。

 彼女たちに何かあってはたまりません。黒猫は犬に向かっていきましたが、大きな強い犬に小さな弱い黒猫は勝てませんでした。途中で小さな女の子が助けに来てくれましたが、犬にがぶがぶと体中を噛まれた猫は、力尽きてそのまま死んでしまいました。

 

 双子の姉は聡明だったので、弱い黒猫がどうして適うはずのない相手に挑んだのか分かってしまいました。

 双子の妹は猫が大好きだったので、死んでしまったことを悲しんで泣きました。双子の姉がびっくりしてしまうくらいたくさん泣いて、最後に庭の隅にある花壇の横に埋めてあげました。

 

 

 

 あるとき黒猫は、とある商家の庭先で生まれました。

 三人の優秀な息子がいるその家はそれなりに裕福だったので、黒猫はその家で飼ってもらえることになりました。

 黒猫は、三人兄弟の次男ととても仲良しでした。黒猫の言葉が分かるかのように、黒猫がみゃあみゃあと話しかけると、いつも次男坊の少年は黒猫の言葉に答えてくれます。少年と黒猫は種族は違いますが、とても仲の良い友達同士でした。

 

 次男坊の少年が青年になっても、一人と一匹の関係は変わりません。

 ある日の夜、青年が真っ青な顔をして家に帰ってきました。青年は家族の誰とも話さないまま部屋に閉じこもってしまいましたが、猫は身軽だったので、窓の外からするりと部屋に入り込み、頭を抱えて悩んでいる青年の頭を猫の手でぱしりと叩きました。青年は驚いた声をあげ、黒猫を振り返ります。

 黒猫になら話しても良いと思った青年は、ぽつぽつと語りだします。商談でへまをやらかしたこと。その失敗のせいで、青年が命を狙われるかもしれないこと。

 黒猫は長い年月を生きてきましたが、商売については詳しくありませんでした。だから青年に「みゃあ」と声をかけることくらいしかできません。

 

 そしてまたある日、黒猫のいる家に菓子箱が届きました。黒猫には価値は分からないものでしたが、飼い主たちの反応から考えるに、とても高いものなのでしょう。

 お皿の上に出されたお菓子を、くんくんと嗅ぎます。なんだか変な臭いがしましたが、みゃあみゃあと訴えても、猫よりも鼻がきかない飼い主達は気付いてくれませんでした。

 このままでは、彼らがこのお菓子を食べてしまうかもしれません。机に飛び乗った猫は、ぱくりとお菓子を口に入れました。すると、かあっとお腹の中が熱くなって、猫は冷たい床に倒れ落ちました。お菓子には毒が入っていたのです。

 

 その夜家に帰ってきた青年は、自分のせいで死んでしまった猫を抱いて、たくさん悔やみました。そして少しだけ泣いて、猫が生まれた庭に猫を埋めてあげました。

 

 

 

 あるとき黒猫は、誰の飼い猫でもありませんでした。黒猫は初めて野良猫になったのです。

 守る相手がいない猫は、ふらふらとあっちへ行きこっちへ行き、いろんな場所を見て回りました。そんな時に、黒猫は首をめいっぱい曲げても上が見えない大きな建物を見つけます。100万人に飼われてきた黒猫でも見たことが無いくらい大きな建物です。

 わくわくしながら大きな垣根を潜りぬけた黒猫は、とても広い庭に出ました。今まで見たどんな庭よりも広くて、今まで見たどんな庭よりも良い香りのする庭でした。

 すんすんと匂いを嗅ぐ黒猫に、後ろから誰かが話しかけてきました。

 

「君はどこから来たんだい?」

 

 振り返った黒猫が見たのは、赤い毛と青い目を持つそれは綺麗な猫でした。びっくりした黒猫は思わず毛を逆立てて逃げようとしましたが、そんな黒猫を捕まえる存在がいました。紫がかった灰色の毛を持つ、黄色い目をした美しい猫です。

 灰猫は、黒猫を片手で押さえつけて怖い顔で言います。

 

「王城に、君のような猫が何の用だ」

「王城?」

「ここは、ルグニカ王国の王城だ。まさか、そんなことも知らずに侵入したのか?」

 

 灰猫の言葉に黒猫は驚きました。王城と言えば、国で一番偉い人が住む家です。

 目を真ん丸にした黒猫に、灰猫と赤猫は顔を見合わせました。どうやら本当に、黒猫は何も知らずに入ってきてしまったのだと分かったからです。

 彼らは王様のお城で飼われている猫でした。侵入者は鼠一匹許さないとても強い猫たちです。

 灰猫はいじわるそうな見た目に反してとても良い猫だったので、あちこち汚れて痩せている黒猫の首根っこを噛むと、お城のお風呂に連れて行って綺麗にして、自分のご飯を分けてあげました。

 ご飯を食べ終わった黒猫は、ありがとうを言ってお城から出ようとしますが、そんな黒猫を止める声がありました。灰猫です。

 

「住む場所がないなら、ここに住めばいい。猫なら許してもらえるだろう」

 

 真面目そうな灰猫がそんなことを言うと思わなくて、黒猫はびっくりしました。もちろん黒猫は断ります。ですが、灰猫は譲りません。灰猫はとてもお節介焼きでした。

 

「野良猫なら、外の世界を知っているのだろう? 私は王城から出たことがないんだ。外の世界を教えてほしい」

 

 黒猫はたくさん生きているので、たくさんの世界を知っていました。野良猫なので、帰る家も守る相手もいません。どこか寂しそうな灰猫の黄色い目を見て、お城に住むことを決めました。

 

 黒猫は、灰猫にたくさんの話をしてあげました。

 雪のように白い花を咲かせる木のこと。猫のように丸い目をした不思議な喋り方をする少女のこと。とても大きな羽を使って空を飛ぶ竜のこと。猫と同じくらい身軽に走れる少女のこと。舐めるとしょっぱい大きな大きな水たまりのこと。猫よりも気まぐれなとても綺麗な少女のこと。

 

 黒猫の話を、いつも灰猫はとても楽しそうに聞いていました。

 灰猫は黒猫のお話も好きでしたが、お話をしているときの黒猫の顔はもっと好きでした。どんな話をするときも、黒猫はいつも幸せそうな顔をしていたからです。

 

 

 

 ある日の夜、庭を散歩していた黒猫は、お城に入り込む怪しい人を見つけました。真っ黒な服を着た人からは、つんと冷たい嫌なにおいがします。

 ここはきらきらした金色の髪を持つ格好良い王様と、さらさらの緑色の髪を持つ綺麗なお妃様が住むお城です。黒猫は彼らに撫でられたことは数回しかありませんでしたが、彼らがとても優しい人たちだと知っていました。彼らに何かあれば、灰猫も赤猫も、きっと怒られてしまいます。

 黒猫は怪しい人を追い払おうと飛び掛かります。殴られても、蹴られても、あきらめません。しかし黒猫はとうとう地面に倒れこんでしまいました。怪しい人が銀色のとがったナイフを突き立てようと腕を振り上げます。

 

 きらりと光るナイフを見て、黒猫は少し寂しくなりました。次生まれたとき、そこには優しさの分かりにくい不器用な灰猫がいないことを分かっていたからです。

 

「死にたくないなあ」

 

 みゃあ、と鳴いた黒猫が目を閉じようとしたとき、横から飛び込んでくる影がありました。

 訪れるはずの痛みがないことに驚いた黒猫が目を開けると、そこには自分に覆いかぶさる灰猫の姿がありました。

 灰猫の体には、銀色のナイフが刺さっていました。紫がかった綺麗な灰色の体が、真っ赤に染まっていきます。

 灰猫が自分を庇ったのだと、黒猫は少ししてから気付きました。

 その時初めて、黒猫は誰かに守られることを知ったのです。

 

 騒ぎに気付いた赤猫とお城の兵士たちが駆けつけます。怪しい人は、あっという間に捕まりました。けれど、黒猫はもう怪しい人のことなど忘れていました。

 痛む体を押して、血に濡れた灰猫の体をぺろぺろと舐めます。

 

「なんで庇ったんだ。俺なら代わりがいるのに」

 

 黒猫はたくさん生きてきました。たくさん生きてきたので、世界には自分以外にもたくさん黒い猫がいることを知っていました。だから自分のことも、代わりのいる黒い猫の一匹だと思っていたのです。

 そんな黒猫に、灰猫は言います。

 

「私は黒猫は君しか知らない。君に代わりなんていない」

 

 黒猫は、目つきの悪い目を真ん丸にして驚きました。

 100万回生きてきて、初めてそんなことを言われました。100万の人たちにとっては、言う必要のないくらい当たり前のことだったので、誰もそんなことを黒猫に言ったことはなかったのです。

 黒猫の目から、ぽろぽろと大きな涙がこぼれました。

 黒猫にとって100万の人たちがみんな大切だったように、100万の人たちにとっても黒猫はかけがえのない大切な猫だったことに、黒猫は100万年生きてきてやっと気付くことができたのです。

 

 みゃあみゃあと泣く黒猫のところに、お城に住むお医者さんが走ってきました。黒猫と同じ三角の耳を持つお医者さんは、あっという間に灰猫と黒猫の傷を治してくれました。

 傷が治った灰猫が、黒猫の目からこぼれる涙を舐めますが、いつまで経っても黒猫は泣き止みません。黒猫の涙が、彼らの足元に大きな水たまりを作っていきます。

 ぐるぐると優しく喉を鳴らしながら、灰猫は黒猫に頬をすりよせます。

 

「どんな黒猫がいても、私が愛する黒猫は君だけだよ」

 

 彼の言葉に、やっと黒猫は涙をとめました。

 世界に灰色の猫はたくさんいますが、黒猫を愛してくれた彼は、彼以外知りません。他のどんな美しい毛並みをした灰色の猫でも、彼の代わりにはなれないのです。

 みゃあ、と返事をした黒猫が何と言ったか、知っているのは灰猫だけです。

 

 もう、黒猫が生まれ変わることはないでしょう。 

 

 

 

  おしまい