誕生会準備中。今年も主役は不在らしい

 

 

 オットーの前には、色とりどりの紙が並べられていた。正方形の色紙を細く切り、端の片方に糊を付けてもう片方をそこにくっつける。出来た輪っかに違う色の紙を通して、同じように端同士をくっつける。そうやって輪っかを繋げていき、一定の長さまで作ると、また独立した輪っかを作り、輪繋ぎを作っていく。

「去年もやりましたけど、これとてつもなく虚しくないです?」

「レムが喜んでいるならラムは構わないわ」

「ははっ、ラムさんはそうですよねえ……」

 オットーの隣でオットーと同じような作業をしているラムは、右手で持った鋏でたくさんの色紙を二等辺三角形になるように切っている。ラムの両手を広げたよりも少し長い毛糸に二等辺三角形の底辺部分を等間隔にテープで留めていけば、お手軽フラッグガーランドの完成だ。

 二人で何を作っているのかと言えば答えは簡単、誕生会の飾りつけ作りだ。ただし、その誕生会が二日後に迫っているのに主役は未だ行方不明だが。

 いや、行方不明と言うのは語弊がある。まだ誰も、この世界で出会えていないのだ。主役であるナツキ・スバルに。

 

 

 

 今の自分達が置かれている状況は、この世界で俗に言う異世界転生というものなのだろうとオットーはあたりを付けているが、実際のところがどうなのか誰も知る由はない。

 オットー達が新しく生を受けたこの世界には精霊も魔獣もいなければもちろん魔女もいない。魔法も加護もない代わりに科学と機械技術が発達した世界の、ひどく平和で穏やかな時代に、剣と魔法の世界での記憶を持ったままオットー達は生まれ落ちた。それを幸せと呼ぶか不幸せと呼ぶかは個々人の自由だが、少なくともオットーが再会を果たすことができた者達の中にそれを不幸と呼ぶ者は誰一人としていなかった。オットーもまた、記憶を持ったまま生まれてきてしまったことを不幸だと思ったことは一度もない。

 あの世界で得たものはどれも掛け替えのないものであり、それを失いたくないと願いこそすれ、忘れたいと思う者は誰もいなかったということだろう。皆記憶のせいで幼少期は戸惑うこともあったらしいが、成長した今となってはただの笑い話だ。

 

「みんなでスバルくんの誕生会をしましょう!」

 そんな一言が発端となって、ナツキ・スバルの誕生会が初めて開かれたのは去年のことである。参加者は偶然と必然が重なって再会したかつての顔見知り達、中心はレムとエミリアだ。

 双子の姉曰く、レムはどうやらそれまでも毎年一人でスバルの誕生日を祝っていたらしい。(その時点でオットーからしたら「えっ、なんで?」なのだが、以前からのレムのスバルくん愛を知っているので、無粋な口出しはしなかった。)そして、毎年皆でしょんぼりとスバルの不在を嘆くくらいなら、いっそ不在でも彼の誕生会を行ってしまおうと、およそ常人では考えない提案をしてきたのだ。最初オットーとペトラとフレデリカはレムの提案に戸惑っていたのだが、その他大勢が賛成したことにより昨年本人不在の誕生会が決行される運びとなった。

「レムが生きている限り、レムは永遠にスバルくんの誕生日を祝い続けます」

 そう言い切った彼女はとても格好良かった。その執念とも言うべき決意が少し怖かったのは、ここだけの秘密だ。

 

 あの剣と魔法の世界の暦をこの世界の暦に換算すると、四月一日がナツキ・スバルの誕生日である。

 彼女がスバルの誕生日を祝うことに固執するのは、彼女がスバルの誕生日を祝えなかった期間があるからだ。

 スバルの十八歳の誕生日が発覚したのは、『聖域』でのごたごたが終わった頃。そして、『暴食』のせいで眠り続けていたレムが目覚めたのはスバルの十九歳の誕生日が終わった後。彼女は二回も、スバルの誕生日を祝い損ねたのだ。

 スバルがレム達と出会ってから初めて迎えるスバルの誕生日も、その次に迎えた誕生日も祝えなかったと知った時の、レムの嘆きはどれほどの物だっただろう。あんなにもさめざめと泣いているレムをオットーが見たのは、後にも先にもあれだけだ。「スバルくんの誕生日を、二回も……レムはもう既に十七回も祝い損ねていたのに……」と泣き続け、動揺しすぎて自分まで泣きそうになっているスバルに慰められていた。

 どうやらスバルに誕生日を祝ってもらえたのがとても嬉しかったので、スバルの誕生日には、彼女が今までの人生で学んできた料理の腕を存分に奮い、スバルが今まで経験したこともないくらい楽しくて幸せな誕生会を開こうと計画していたらしい。

 

 

 

──レムが目を覚ましてくれたことが、今年一番のプレゼントだよ。

──でもレムは、スバルくんに出会えたこと以上のプレゼントをまだあげられていません。

──じゃあ、これからは毎年俺の誕生日盛大に祝ってくれよ。

──分かりました、レムはレムが生きている限り、毎年スバルくんの誕生日を祝い続けます。

 

「そうそう、そんな会話をして……って、あれ? つまり今の状況ってナツキさんのせいじゃないですか?」

 回想の内容を反芻してみるが、やはり何度思い返してみても、主役が行方知れずのまま決行される誕生会という狂気の沙汰以外の何物でもない現状が生み出された原因は、主役であるスバル本人だ。まさか来世にまでその約束が持ち越されるとはスバルも思っていなかっただろうが、そこはそれ、あのレムの愛情を甘く見たスバルの自業自得だ。

「オットー、手が止まっているわ」

「あ、すみません。ところでレムさん達は?」

「レムはペトラと試作用のケーキを作っているはずよ」

 料理面ではあまりに役に立てないオットーとラムが飾りつけ制作担当、ガーフィールとフレデリカが当日の飾りつけ担当で、エミリアとユリウスとラインハルトが料理制作担当、レムとペトラがケーキ制作担当である。スバル本人がいないというのに少々参加者が集まりすぎな気もするが、それも彼の人柄のなせる業というものだろう。

「学校で計画書見せてもらったんですが、本当にあの三段ケーキ作るんですか……? というか、作れるんですか?」

「ラムの妹よ。当然作れるに決まっているわ」

 薄紅の瞳を細めたラムに、ふふん、と自慢げに鼻で笑われてしまった。確かにその通りだ、と自身の疑問の短絡さに気付く。「スバルくんが三段ケーキを求めている気がします!」と何かを受信し図案に書き起こすことから始めていたレムだ。レシピも材料も手に入れようと思えばすぐに手に入れられる世界で、足りないのが調理の技量だけなら、その技量を足りるまで頑張るのがオットーの知っているスバルくん大好きなレムである。姉様に尽くすためにも全力を注ぎ、ロズワール様のためにもそれなりに力を入れるが、それ以外はそこそこの力しか込めないのもオットーの知っているレムであった。

「……ラムさんは、ナツキさん今頃どうしてると思います?」

「ラムは知らないわ。バルスのことだから、ベアトリス様と呑気に暮らしているでしょうね」

「はは、ですかね」

 そうだったら良いと、オットーは笑いながら思う。

 祭り事を大いに好むスバルの手により、陣営の者の誕生日はいつも盛大に祝っていた。オットーの「もう僕は祝われるような年じゃないので」という主張は、陣営の主でありハーフエルフなエミリアの年齢を考えれば通るわけもなく、毎年毎年祝われてはフルフーに坊ちゃん良かったですねえと温かい目で見られていた。

 そのようなわけで、彼の誕生日もまた主に陣営の主と青髪のメイドの少女と金髪のメイドの少女と小さな大精霊によって大層豪華な祝い方をされていた。可愛い大切な妹が頑張って祝おうとしているのをラムが邪魔するわけはなく、オットーも唯一と言っても良い人間の友人の誕生日を祝うことに異論はなし、スバルを大将と慕うガーフィールも右に同じ、ロズワールも祝い事に関しては快く力を貸しており、他の女性陣や男性陣も同様であった。

 そうやって周囲に祝われているというのに、誕生日が来るたび、スバルがいつも少しだけ寂しそうな顔をしていたことを、オットーは覚えている。

「父ちゃんとお母さんが、祝ってくれてた」

 これまではどうしていたのかと聞かれたスバルが、ふっと視線を床に落として、緩く結んだ唇を噛みしめた姿は忘れられない。時々零れる重たい発言から、普段の能天気で明るい言動からは想像もつかないような経験を過去にしているのだろうと推測していたが、あれほど痛切な表情を浮かべるスバルは珍しかった。

 祝い事や行事のたびに故郷についてよく口にするにも関わらず、故郷に戻りたいとは一度も口にしたことがないスバル。両親のことも時たま話すのに、会いたいとは一度も言わなかった。

 

 彼が誕生日を、家族と共に穏やかに過ごせていれば良い。

 オットーの友人としての願いは、それだけだった。

 

 

 

 

 

四月一日(日) 快晴

 

 菜月昴少年十七歳は現在、公園のベンチに座って、膝に妹を乗せた状態で黄昏ていた。

「……誕生日なのに家追い出されてるのおかしくない? 俺今日誕生日だよ?」

「十割スバルが原因かしら」

「それ言われると何も言い返せないのが悲しい……」

 どんなケーキが良いか聞かれ、軽い気持ちで「三段ケーキが食べたい」と言ってしまったがために、せっかくの息子の誕生日! 休日だから時間もある! と張り切りだしてしまった両親に、ケーキが出来るまで散歩でもしてこい、一人では寂しいだろうからベアトリスも一緒に、と外に追い出されているのだ。

 膝の上に座る、兄の道連れになる形になってしまったベアトリスの頭をよしよしと撫でながら、昴は今日のこれからの予定について考える。連絡手段として携帯電話は一応持ってきてはいるが、スバルの電話帳に入っているのは家電と市役所とピザ屋くらいである。高校生のくせに一緒に遊ぶ友達の一人もいないのかと笑われそうな並びであるが、ちゃんと学校へ行けば課題を見せてくれる相手の一人や二人くらいいる。ただ、何故か彼らとアドレス交換しようとするとエラーが起きて登録できないのだ。呪われているんじゃないかという説が有力だが、生憎昴は携帯が呪われるような目に遭った覚えはない。

「ベア子ぉ、そんなに拗ねるなよ。良いじゃん、兄ちゃんと楽しく誕生日デートしようぜ?」

「つーん、かしら。ベティーはスバルに巻き込まれただけなのよ。これはデートじゃないかしら」

 ぷくりと頬を膨らませ、唇の先を尖らせるベアトリスのまろく白い頬を指先でつつく。人を殺していそうと評される目つきを持つ兄とは似ても似つかぬ美幼女だが、その実中身はただの家族大好きっ子だ。ぽかぽかと暖かな春の陽気の下、兄と出掛けることを本気で嫌がっているわけではない。たぶん。

 誕生日なのに家から追い出されていると知られたら、隣人一家の誰か(主に話の長い長女とか、いやに気取った長女とか、ボクっ子キャラを定着させようとしている長女とか)にからかわれるに決まっているので、大人一枚と子供一枚の切符を購入して少し離れた地域まで遊びに来たわけだが。暇である。とても暇である。図書館にでも行けばベアトリスは満足するだろうけれど、それだと昴が構ってもらえなくて寂しさで死んでしまう。

 どうしようかなあと悩んでいると、膝の上から愛らしい疑問が投げかけられる。

「スバル、どうしてわざわざこんな遠くまで来たのかしら。いつも話してるレグルスとかいう友達の家にでも遊びに行けば良かったのよ」

「ばっか、ベア子お前、あんなのと友達認定されたら俺の輝かしい学生生活に終止符が打たれちゃうだろ! あれはただの同級生未満の知り合い……知り合いか……? あいつは俺のなんなんだ……?」

「ベティーは知らんかしら」

「俺も分からん……同じ星の名前だと思って話しかけてしまったのが、去年の俺の運の尽きだったな……。あいつ繋がりで他にも変なのと関わり合いになっちゃうし……」

 しかもレグルスは昴の隣家の長女エキドナと思いの外相性が悪い。去年の学園祭でエキドナが姉妹の下二人を連れて遊びに来た際には、エンカウントしてしまった二人が延々と口喧嘩をするはめになった。

 その間ダフネやテュフォンの保護者を押しつけられ、二人に、特にダフネにたかられて財布がすっからかんになった昴は、もう二度とエキドナ達を学園祭に呼ばないと固く心に誓ったのだ。右手をベアトリスと、左手をテュフォンと繋ぎ、お腹が空いて歩くのが面倒と言ったダフネを背中に乗せ、「菜月君幼女にモテモテね」「子沢山のお父さんみたいだね」と言わんばかりの生温い視線を浴びながら校舎を回るのはもうこりごりだ。

「あっ、なんか悲しくなってきた……」

「……スバルは、もう少し付き合う相手を選ぶべきなのよ」

「俺もそう思う……。ところでベア子、最近にーちゃって呼んでくれないよな」

「もうにーちゃなんて呼ぶ年じゃないのよ」

「でも呼んでほしいなあ、俺今日誕生日なんだよなー。ベア子がにーちゃって呼んでくれれば元気出ると思うんだけどなあ」

「むっ……!」

 ちょっと大袈裟に主張すれば、ベアトリスが可愛い顔でむむむっ! と目じりをつり上げる。

 菜月昴にとって、誕生日は祝われるもので、一年で一番ワガママを言って良い日である。それは菜月家全員にとっても同じことで、菜月家では『誕生日の人はワガママを言っても良い』という不文律が出来ており、誕生日の人間が言うワガママは可能な限り叶えることになっていた。昴とベアトリスが今日家を追い出されているのだって、元はと言えば昴のワガママを叶えようとして両親が張り切りすぎている結果だ。

 ベアトリスだって、本当は昴のことをにーちゃと呼ぶのは嫌ではないはずだ。ちょっとした反抗期が始まってしまったようなので、ほんのちょっと恥ずかしいだけだ。そう信じたい。

「し、仕方ないから、今日だけはにーちゃって呼んでやらんこともないのよ!」

「うんうん、ベア子は優しいなあ」

 反抗期なのに反抗しきれていない妹の可愛さが心に染みる。ほろりと心の中で涙を流して、よしよしと頭を撫でた。その流れで、今朝セットした逆三角ツイン縦ロールをびよんびよんと引っ張ったり、毛先を指でくるくると巻いたりしながら、昴はこの後の予定について考える。春先の午前中ということもありまだ日差しは弱いが、ベアトリスの柔肌のためにも取り敢えず屋内に入った方が良いだろう。図書館は却下。どうせ三段ケーキを食べるのは夕方以降になるだろうし、ファストフード店にでも入って軽く胃に何か入れておくのが良いかもしれない。

 ざっと予定を組み立てて、ベンチから立ち上がろうとしたそんな時。昴の名を突如呼ぶ声があった。

「スバル!」

「うひょいっ!?」

 急に遠くから名前を呼ばれて、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。何事かと思い声のした方向を見れば、目を瞠るほどの美少女が一人、彼女に少し遅れるように付いてくる、男の昴から見ても思わず感嘆してしまうような整った造形をした青年が二人、昴とベアトリスのところへ走ってくる姿があった。さらさらとした長く美しい銀髪を揺らしながら、天使は昴の目の前に降り立った。青年二人が揺らしているのは、両手から提げたレジ袋だ。近くにある超大型スーパーの名前が側面に書かれている。

「スバル! 嘘みたい、こんなところで会えるなんて!」 

「やはりベアトリス様も一緒なのだね」

「遠出してみるものだね。変わっていないね、君達は」

 三者三様に、とても嬉しそうな顔で昴とベアトリスの元へやってきた。

 小声で、腕の中の妹に話しかける。

「……この子達、お前の知り合いか?」

「ベティーは知らないかしら」

「でもお前の名前知ってるみたいだぞ」

「呼ばれたのはにーちゃの名前なのよ」

 そうだった。確かに、最初に呼ばれたのは昴の名前だった。

 しかし、昴は彼女達のことを知らない。

 彼女達はどうやら昴のことを知っているために声をかけてきたようだが、どれだけ記憶の中を探ろうとも、銀色の欠片一つ見つからない。長く美しい銀髪に、銀色の睫毛で縁取られた紫の瞳と、鈴のような柔らかく甘い声。これだけ昴の好みど真ん中にある少女のことは、絶対に忘れるはずがないと思うのだが。

 美少女と美青年達は如何にも善人オーラを放っており、昴に話しかけてきていることを除けば怪しいところはない。しかし、その『初対面の美少女と美青年達が昴に親しげに話しかけてきている』ことが一番おかしい。そんな怪しいとしか言えない状況であるのに、彼らに警戒心を持てないのは何故だろうか。中腰のままだった状態から背筋を伸ばし、抱き抱えていた妹をそっと横に下ろす。

「えっと、君みたいな可愛い子は一度会ったら忘れない自信あるんだけど……俺達初対面だよね?」

 躊躇いがちに尋ねると、紫紺の瞳がぱちぱちと愛らしく瞬かれ、ふるりと銀の睫毛が揺れた。あ、泣きそう、と身構えたが、彼女の瞳から涙が零れることはなかった。

「……スバル、もしかして私のこと覚えてないの?」

「えっ、あの……、あー…………うん」

「じゃあ、ユリウスやラインハルトのことも?」

「それって、後ろにいるイケメン二人の名前であってる……?」

「こっちがユリウスで、こっちがラインハルトよ」

 紫のイケメンがユリウス、赤のイケメンがラインハルトという名らしい。見知らぬ美青年二人を紹介されて昴が眉尻を下げて困った顔をしていると、少女はしゅんと項垂れてしまった。明白に自分のせいで落ち込んでいる少女にどう声を掛けて良いものか分からず、狼狽えてしまう。

 表に出さないようにしているみたいだが、青年二人の顔にも落胆の色が浮かんでいるように見えた。

「その、ごめんな……?」

「ううん、悪いのはスバルじゃないわ。スバルが記憶なくしちゃうのなんて初めてじゃないものね」 

「悪いのは、皆覚えてたからスバルも覚えてるに違いないと思っていた私達だ」

「そうだよスバル、僕達の方がイレギュラーなんだ、君が落ち込む必要はない」

 狼狽えている姿が余程可哀想に見えたのか、逆に昴の方が励まされてしまった。会話の中で身に覚えのない記憶喪失が追加されていた気がするが、それについて言及する前に、スバルの空いていた左手をぎゅぎゅっと握ってくる白い手があった。目が潰れそうなほど光輝く笑顔が、昴に向けられる。

「ん、よし! スバルが覚えていないなら、私達は今日が初対面ね! 初めまして、スバル。私の名前はエミリアよ。あなたの名前は?」

「切り替え早いね……!? えっと、俺の名前は菜月昴……です」

 既に名前を知られている謎の美少女に手を握られながら自己紹介をするという、昴の人生の中でも数本の指に入る珍妙な出来事に見舞われている。右手で繋がっているベアトリスを見下ろせば、兄を独占していたのに突然現れた謎の三人組に二人の時間を邪魔されたため大変ぶすくれていた。今にも「にーちゃに近付くんじゃないかしら、しっしっ」と言いだしそうなぶすくれ方である。

 ベアトリス可愛いなあと自慢の妹の可愛さに胸を打たれながら視線を前方に戻すと、そちらにもまた失明しそうなほど輝かしい美少女が。周囲にはきらきらとしたエフェクトが舞っている。突然距離を詰められたのに嫌悪感がなかったのは、彼女達のこの眩い美しさのせいなのだろうか。自分の身に降りかかるには少々現実離れしている今がいまいち受け入れられない昴は、握られた手を離すことも出来ない。

「えーっと、エミリアたん達は」

「たん?」

 エミリアがきょとんとした顔で小首を傾げたのを見て、やりすぎたかと焦りを覚える。

 仲良くなりたいという下心一割、素直に名前を呼べない照れ隠し九割でつい愛称めいた呼び方をしてしまったが、まずかっただろうか。初対面の相手との距離の取り方をよく間違えてしまう昴だ。美少女がやけに昴に好意的なので、これくらいの愛称なら許されるかと思ったのだが。

 だがエミリアは、スバルの心配なんて欠片も気付かないまま、ぱちりと綺麗な紫紺の目を瞬かせると、花が綻ぶようにその美貌に笑みを浮かべた。

「また私のこと、そうやって呼んでくれるのね」

「また、っていうのが気になるところだけど、えっと、その……嫌じゃない?」

「私のことを愛称で呼ぶような親しい関係になりたいって、今のスバルが思ってくれてるってことでしょう? どうして嫌がらなくちゃいけないの?」

 そういうものなのか。彼女にとってはそういうものなのだろう。

 どうやら、エミリアは昴が思っている以上に昴に好意を持っていてくれてるらしい。出所不明の好意だが、やはり戸惑いはあっても嫌悪はない。不思議な子だな、と銀の少女を見つめる。

「エミリアたん達は、俺達のこと知ってるのか」

「スバルともベアトリスとも初対面だから知らないわ!」

「うーん、この子嘘が壊滅的に下手。でもここまで堂々と言われると信じてあげたくなっちゃう」

 まだ名乗っていないベアトリスの名を出している時点で、昴達のことを知っていたと言っているも同然なのだが。

「んん、まあ良いや。知ってるなら改めて紹介する必要なさそうだけど、こっちが妹のベアトリスね」

「妹?」

 三人の声が揃った。昴とエミリアの会話を邪魔しないよう、少し下がって二人の様子を眺めていたイケメン達も、エミリアと同じように驚きの目でベアトリスを見下ろしていた。

 何経由で昴を知っていたのかは知らないが、ベアトリスが妹なのはどうやら知らなかったらしい。

「似てないのは分かってるっての。でも正真正銘の妹だかんな」

「いや、似ている似ていないという話ではなく……そうか、兄妹なのだね。確かに外見は似ていないが、今の不機嫌そうな表情はよく似ている。関係が変わろうとも、スバルとベアトリス様の仲は変わらないのだね」

 紫のイケメン──ユリウスが、穏やかな目でずっと手を繋いだままの昴とベアトリスを見つめてくる。

「なんでベア子が様付けで俺が呼び捨てなんだよ。ベア子は菜月家のお姫様だから、様付けされても全くおかしくないんだけどさ」

「ふむ、そうだね……友人の妹君に敬意を払って、ということにしておいてくれ」

「友人、って誰と誰が」

「私と君が」

「あっ、はい」

 いつの間にか友人になっていたらしい。美少女からの謎好感度にも驚いたが、美丈夫からの謎好感度もなかなかに驚くものだ。友人発言をしたユリウスはといえば、特別なことを言ったという考えもないようで、美しい黄色の双眸に昴を映して微笑んでいる。風が薄紫の髪を揺らしていた。

「スバル、もちろん僕も君のことを友達だと思っているよ。あるいは、それ以上に大切な存在だと」

「あっ、そうなのね」

 赤い方のイケメンことラインハルトも友達発言をしてくるが、深くツッコむとおかしなことになりそうなので、こちらも軽くスルーすることに決める。ふわりと風になびく燃える炎のような赤髪も空色の瞳も凛とした声も佇まいも、神が生み出した造形美の化身としか思えない迫力を持っていた。だが、どれだけ顔が良く爽やか指数が高そうに見えても、今の発言を掘り下げようとしたら、掘るは掘るでも墓穴を掘りそうな予感がした。

「いくら誕生日だからって、この突然到来したモテ期は流石にビビるな……」

「誕生日? もしかして、スバルって本当に今日が誕生日なの?」

「え、そうだけど……何かあった?」

「あのね、今日スバルの誕生会をするの! 来てくれるわよね?」

「ん?」

 今、理解しがたい単語が聞こえたのは気のせいだろうか。

「待って、ちょっと状況が把握できない。俺の聞き間違いかな?」

「にーちゃの誕生会をすると言っていたかしら」

「だよな……? えっ、俺の誕生会を開催するの? 今日? 今から?」

 それぞれ違った魅力を持つ美貌の三人に問いかければ、三人とも至極当然といった顔で頷いた。

「作る料理を決めたり、ケーキの種類を決めたり、二週間前から準備してたのよ!」

「結構本格的なやつ開こうとしてる! ちょ、ちょっと待って。さっきの反応からして、エミリアたん達が今日俺と会ったの、ただの偶然だったように思うんだけど……?」

「そうだよ。まさか今日、君とまた会うことが出来るなんて思いもしなかった」

 ラインハルトが、昴の疑問を肯定してくれる。しかし、昴としては否定された方がまだ良かった。昴の誕生会を昴なしで開こうとしていたのか、彼らは。

「えっ、この人達怖い……。距離感の測れないコミュ障と名高い俺すら戸惑う、遠慮ゼロ好感度マックスな距離の詰め方ですら怖いのに……なにこれ……?」

「スバルが怖がるようなことは何もないよ。僕たちは皆君が生まれた日を祝いたいだけなんだ。場所もここから数駅しか離れていないし、夜までにはちゃんと解散するよ」

「いや、距離とか時間帯の話ではなくてね? さっきからいろいろありすぎて心が追い付かないというか」

「スバル、来てくれないの……?」

「行きます」

 手のひらを反す速度なら、今の昴は誰にも負ける気がしなかった。家で両親が三段ケーキを作っているのがなんだ。当日になって突然初対面の相手から宣言された誕生会がなんだ。目の前の少女の寂しそうな顔を晴らすこと以上に大事なことなど、今の昴にはない。

 参加の意を表明すれば、エミリアの花のようなかんばせがぱあっと綻ぶ。嬉しそうな少女に、自分の即決は間違っていなかったのだと昴はほっと息を吐いた。たとえ右手が、兄との時間を邪魔されて拗ねた妹によって痛いくらいに握られていても、だ。

「……ところでエミリアたん、手そろそろ離してもらっても良い? 手汗がやばいんだけど」

 そう、未だに昴の左手は、エミリアの両手に握られたままだった。

 妹は良いが、初対面(仮)の美少女の手を自分の手汗でべたべたにしたい変態欲求など昴は持ち合わせていないので、そろそろ離してもらいたいのだが。

「えっと……繋いでいたいの。だめ?」

 こてりと首を傾げて、紫の瞳を揺らして不安そうに昴を見つめてくる。昴は今までの人生で、これほどまでに可愛い「だめ?」を見たことがなかった。この「だめ?」を受けて、駄目だと言える人間がいるのなら見てみたいものだ。

 

 

 

「……で、さっき会ったばかりの人達に俺主役の誕生会を開くことを知らされ、怖すぎて参加を渋るものの華麗な手のひらくるりをして参加することにした俺ですが。電話したいからちょっと待ってもらっていい?」

「どうしたの?」

「父ちゃん達に、一応伝えておこうかなって」

「スバル、もしかして家族の人にも誕生会開いてもらうの?」

「まあね。でもどうせ夜だし大丈夫だよ。胃が大丈夫かは自信持てないけど」

 あの父親なら、息子を喜んで送りだすに違いない。「おっ、昴もしかして朝帰りでもするか?」と揶揄ってきそうな気さえする。ベアトリスを連れてそんなことをするわけないが。というか、ベアトリスがいなくてもするわけない。

 父がいるなら、作られる三段ケーキは当日の突貫製作とは思えない、さぞ豪華な物になるに違いない。が、流石に三段を一日で食べきるようなことはしないだろうし、ケーキが食べられるだけの胃の残機を残しておくと伝えておけば、とやかく言われることもなかろう。父と母の手によって作られるだろう、そこらのウェディングケーキよりも豪勢な出来上がりが予想されるケーキに思考を飛ばしていると、ユリウスから合同にすれば良いと提案される。

「スバル、君のご両親さえ受け入れてくれるのなら、君の家で開く方が良いのではないか? 既に取り付けてしまった飾り付けは移せないが、料理やケーキなら移動させられるだろう」

「いや……それはやめた方が良い」

 だが、スバルはそれをやんわりと断った。もちろん理由はある。

「皆、俺のお母さん会ったことあるか?」

 訊ねれば、昴を囲む三人の首がふるふると横に振られる。

「そうか、なら猶更やめた方が良い。今日でぴったり十七年息子として生きてきた俺でも戸惑うことがあるあのお母さんを、今日が初対面な皆に会わせるのはあまりにも酷だ……」

 小中学生の頃の家庭訪問や三者面談では、担任の先生に心の中で謝り続けた。母は悪くない。担任も悪くない。ただ、あの母親に話を合わせられる人間が人類の中でも数えられるほどしかいないのが悪い。母と一緒にいると、テレビで見る天然キャラが作り物か作り物でないかすぐに判別できるようになるほどの性格の持ち主だ。あの母を天然という枠に嵌めていいのかどうか少々首を傾げてしまうが、ぶっ飛んでいることは確かだ。

「父ちゃんだけなら今すぐ会わせても全然問題ないというか、父ちゃんなら俺よりも皆と仲良くなりそうなくらいなんだけど、お母さんがな……!」

「……ベティーも、にーちゃに同意かしら」

 お母さん大好きなベアトリスも、視線をそっと地面に逸らしながら同意してしまうほどの爆弾。それが菜月菜穂子という二人の母親だった。

 二人の尋常ならぬ様子に感じるものがあったのか、「じゃあまた今度ご挨拶させてね」とあっさりと諦めてくれた。己の誕生日に母の犠牲者が増えなかったことに、ほっと息を吐く。

「ところで、ベア子も行くよな?」

 右斜め下を見下ろし、クリーム色の頭頂部に話しかければ、蝶に似た紋様が浮かぶ青い瞳に見つめ返される。しかし、微笑めば世界中に幸せを齎すことが出来るだろう愛らしい顔は不機嫌そうだ。

「む、どうしてベティーも行かなくちゃいけないかしら。ベティーは行かないのよ」

「そう言うなって」

「つーん、なのよ」

 地面を見つめたり、昴を見上げたり、そっぽを向いたりと忙しい妹だ。いつもならそっぽを向いたときに揺れた二つの縦ロールをびよびよと触るのだが、生憎今の昴は両手を美少女と美幼女に塞がれているため、縦ロールに触れられる手がない。

「ねえスバル、ベアトリスったらどうしてそんなに怒ってるの?」

「せっかく早起きしたのに、父ちゃんに横取りされて俺に一番初めに誕生日おめでとうって言えなかったから今朝から拗ねてんの。あとは、せっかく俺と二人で出掛けてたのにエミリアたん達が混ざったから拗ねてるのもあるかな」

「言うんじゃないかしら!」

 むきーっと地団駄を踏んでいる姿こそ、昴が事実を言い当てた証だ。エミリアのみならず、怒っている様子のベアトリスにどう接すればいいか悩んでいたユリウス達まで、その愛らしい姿に思わず微笑を浮かべている。

 和やかになった空気に、ぽこぽこと湯気を立てて怒るベアトリス。

「微笑ましそうに見るんじゃないのよ!」

「ベア子は可愛いから仕方ないって」

「ベティーが可愛いのは元からなのよ」

「うんうん、じゃあ可愛いついでに付いてきてくれよ。ベアトリスがずっと一緒にいてくれたら誕生会が百倍楽しくなると思うのになー。誕生日なのに傍にベアトリスがいないと、俺寂しいなあ」

「む……し、仕方ないかしら! にーちゃがそこまで言うなら、ついていってあげないこともないのよ!」

 誕生日を主張し、誕生日だからこそベアトリスに傍にいてもらいことを強調すれば、意見は簡単にひっくり返された。流石我が妹だけあって、ちょろ甘である。

「うんうん、可愛いなあ。さらについでに、ちょっとだけ手離してもらっていいか?」

「嫌なのよ」

「嫌かあ」

 嫌らしい。

「エミリアたんは?」

「だめよ」

「だめかあ」

 だめらしい。

 変わらず、昴の両手は塞がれたままだった。さてどうやって電話を掛けよう。

 

 

 

 

 

 がたごとと電車に揺られて昴とベアトリスが降り立ったのは、昴達の家から十数駅離れた場所だった。終点近くにある菜月家に住んでいれば、そう訪れることはない場所だ。

 一旦昴がベンチに座り、ベアトリスを膝に乗せ直すことでなんとか賢一に電話を掛けることができた。電話中もずっと昴の手をぎゅぎゅっと握ったままだったエミリアであったが、公園から駅、移動中の電車内と数十分間ずっと握り続けて、少しは満足してくれたらしく、駅に付いて改札を通る頃には昴の左手は開放されていた。今は昴の少し前を歩き、ラインハルトと今から作る料理について話している。代わりに昴の左側に来たのはユリウスだ。

「スバル」

「なに?」

 名前を呼ばれたから返事をしただけだというのに、それだけで感慨深げに顔を綻ばせるのは恥ずかしいからやめてほしい。ちなみに当然のことながら手は繋いでいない。男と手を繋ぐ趣味は昴にはないし、そもそもユリウスの両手はずっと買い物袋で塞がっている。

「少なくとも君の方は、私達と会うのは今日が初めてだろう? よく付いてきたものだ」

「それを誘ってきた一人であるお前が言う?」

「私だからこそ言わせてもらおうと思ってね。エミリア様もラインハルトも、あまりそのあたりは気にしないからね」

 確かに前を歩く二人は、昴が付いてきたことを喜びこそすれ、疑問に思っている節はなかった。

「んー……なんでか、初めて会った気がしないんだよな。記憶の中には欠片もあの子のことやお前らのことはないんだけど、懐かしい気がするというか。ベア子もさっきまで拗ねてはいたけど、そんなに警戒してなかったし」

「ベティーは拗ねてないのよ」

「ということにしておこう。ま、俺にも人並みの警戒心はあるけどユリウス達には発動しなかっただけだから、そんなに心配されなくても大丈夫だって」

「私は心配など……いや、そうかもしれないね。スバル、君は懐に入れた相手に甘い部分がある。その甘さが君の優しさの表れであるのは理解しているが、親交を深める相手を選ぶ基準すら緩くなってしまっては、君の優しさに付け入る者が出てこないとは限らない。故に憂慮していたことは認めよう。だが愚問であった。君は君だ。ナツキ・スバルがエミリア様に親愛の情を抱くことを憂える必要など、どこにもない」

「そういう話するときはワンクッション置いてくんない?」

「何故?」

「恥ずかしいんだよ! わかるだろ!」

 顔の熱さでわかる。昴の耳は、真っ赤になっているに違いない。

 そんな会話を道中でしながら、三人に連れられて歩き続けた昴とベアトリスの足は、大きな屋敷の門前で止まった。

 前庭だけで既に菜月家が軽く六つは入りそうな、生まれも育ちも中流階級の二人には気後れする場所が、なんと驚くことに件の誕生会会場だという。実際はその一室だけだというが、外観だけでもしり込みしてしまう屋敷の一室、どんな広さか想像もできない。

 

 

 

「スバルくん!」

 最初に抱きついてきたのは、青い髪の少女だった。

「スバル! ベアトリスちゃんも!」

 その次が、茶髪の女の子。

「大将ォ!」

 そしてその次が、短い金髪の少年……に、なりかけたのを灰色の頭をした青年と、ネコ科を彷彿とさせる金髪の女性が止めてくれた。

 

 皆を集めるからラインハルトとここで少し待っててね、と可愛らしくお願いされた後、玄関の前で待たされること数分。昴の誕生会を昴なしで開こうとしていた人間が、この三人以外にもまだいたのか……と十七年間培ってきた常識が崩れていく音を聞いているうちに、扉の向こうがざわざわと賑やかになってきて。エミリアが何か話している声が聞こえた後、玄関扉を開けて中に招かれて玄関ホールに足を踏み入れた途端、衝撃は襲ってきた。

 二人目の女の子の時点で昴の表面積はキャパシティオーバーだったので、野性味溢れる明らかに力の強そうな少年を止めてくれた青年と女性には感謝しかない。

「えーっと、まず名前聞いても良いかな」

「はい! レムはスバルくんのレムです!」

「私もいるよスバル! ペトラだよ!」

「この子達押しが強い! すげえ距離詰めてくる!」

 実際、物理的な距離もぐいぐい縮まっている。美少女達に好かれて悪い気はしないが、間に挟まれたベアトリスが苦しそうだ。屋敷の大きさに怯えて抱き上げていたのが徒になった。可愛い妹の為にももうちょっと抱きついてくる力を弱めてほしい。

「先程エミリア様の説明でスバルくんが覚えていないことは知っています。だから、今年の誕生日プレゼントはレムです。今年はスバルくんに何をあげようか決め悩んでいましたが、今決まりました! 一番大切なのはスバルくんと姉様ですが、スバルくんはスバルくんですし、姉様はレムの姉様なのでたとえスバルくんでも差し上げることはできません。なので姉様とスバルくん以外のレムの全てをスバルくんにプレゼントします!」

 本日何度目のモテ期だろう。いい加減戸惑いもなくなってきた。だが、何故かとても好かれているとはいえ、初対面の相手に全てを捧げられても困ってしまう。

「あーっと、レムさんとペトラちゃん?」

「スバルくんのレムを呼びましたか?」

「なあにスバル」

「ベアトリスが潰れそうだから、取り敢えずちょっと離れてもらってもいい?」

「嫌です!」

「嫌!」

「嫌かあ」

 本日何度目の拒否だろう。

 だが今までと違い、今回は妹の命がかかっているのでここで引き下がるわけにはいかなかった。丁重に宥め、二人を正面から側面に移動させた後ベアトリスを床に下ろすことで、なんとか助け出すことが出来た。解放されて離れるかと思ったベアトリスだが、離れることなく昴に抱き着いてきた。今日は兄デレが激しい、兄としては嬉しいばかりだ。

 しかし、少し離れたところから昴達を見ている、レムの双子の姉か妹と思われる桃色の少女が、愛らしい顔に蔑みの色を浮かべて昴を見てきているので、やっぱり少しだけ離れてもらいたかった。

 

 

 

世界はあなたのためにある

 

 

 

「去年はスバルくんがいない誕生会でしたから寂しかったですけど、去年祝えなかった分も、今年はいっぱい祝いましょうね、スバルくん!」

「うそ、これ去年もやったの!? 俺抜きで!?」

「駄目でしたか?」

「駄目じゃないけど! えっ、俺抜きで!?」

 

 

 

スバル誕生日おめでとう。

今年はあんまり死なないと良いね。