オメガバース設定。異世界にバース性はなし、スバルはオメガ。王選後未来捏造

 

 

 

 ナツキ・スバルはユリウス・ユークリウスが大嫌いだ。

 特に、第一印象は最悪の一言に尽きよう。スバルの愛する少女の手を取り、その白い手の甲にキスを落とした男。気障ったらしく、スバルを見下していることを隠しもしない態度。しかも翌日、スバルのことを公衆の面前で完膚無きまでに打ちのめした。これで嫌いにならないほうがおかしい。数々の困難を共に乗り越えたことで今はかなり態度は緩和されているが、スバルは未だにユリウスに対して素直になることが出来ない。だから未だに、彼に対してだけはきつく当たり、友と認めるのを嫌がるのだ。

 

――と、いうのが、多くの者が思っているだろう対ユリウスにおけるスバルの感情だ。

 

 そんな評価を周りから聞かされるたび、なるほどそれも真実の一面だなとスバルは頷く。

 スバルは確かにユリウスが嫌いであるが、理由はそのようなところにあるわけではない。友と思いたくないのも、素直になれないからなんていう可愛らしい理由ではない。真実の全ては、スバルしか知らない場所にあった。

 

 ナツキ・スバルはオメガである。

 そして、ナツキ・スバルの中のオメガはユリウス・ユークリウスが大嫌いである。

 ただそれだけの話だった。

 

 

 

 

 

 

「ナツキくん、ウチはなあ、ユリウスのこと家族の一員や思っとるんよ。家族には幸せになってほしい、それって普通のことやろ?」

「はあ」

 

 アナスタシアの言葉に、隣を歩くスバルは興味がないことを隠しもしない生返事をしてきた。酷いわあと拗ねながら、スバルを追い抜くように一歩多めに前進し、振り返る。柔らかな薄紫をした長い髪が、動きに合わせてふわりとなびいた。

 

「なんや、そんな冷たい反応するん? ウチは真面目な話しとるんに」

「いや、アナスタシアさんが優しいのはとっくに知ってるし、今更そんなこと言われてもそうだろうなあとしか思わなくないか?」

「……ナツキくん、エミリアさんに似てきたんちゃう? 嫌やわあ」

 

 二人が歩くのは、ルグニカ王国王城の回廊だ。現在この王城の主であり、スバルの主もあるエミリアの純粋さには、突かれたくない部分を突かれて過去に何度も複雑な思いをさせられたものだが、目の前の騎士姿の青年はそのような部分が最近頓に主に似てきている。王選が終わって、アナスタシアがエミリアの政敵ではなくなってからは特に。アナスタシアがちょっかいをかければ、この女狐だとか酷いことを言ってくるくせに、ふとした時にこうも毒気がない言葉を吐かれると、肩透かしを食らった気分になる。

 このまま直進すれば、アナスタシアに用意された客間へと行き着く。このままではせっかく護衛役兼話し相手としてスバルを指名した意味がなくなってしまう。そう思い、今日の最大の目的を果たすべく本来の話題の取っ掛かりを切り出す。

 

「で、ナツキくんとエミリアさんの結婚式はいつになるん?」

「未定っすね。俺が庶民の出でっていうのが問題になってるんで」

「頭のかたーいお貴族様は嫌やねえ。一番偉い王様が、そもそも存在すら嫌がられとったハーフエルフなんに、今更その騎士の家柄なんて気にするんもねえ」

「……まあ、やっと決まった王様の立場を盤石にしたいっていう気持ち、俺も分からなくはないですけど」

「でも早くせんと、レムさんも宙ぶらりんのままやん? ユリウスに縁談ぎょうさん来とるいう噂やし、ナツキくんこのままやとユリウスに先越されてしまうよ?」

 

 スバルが手柄を立てすぎているために一際目立っているだけで、ユリウスも王選期間中に様々な手柄を立てて名声を上げているのだ。王選が終わり国が新たな王を戴いてもうすぐ一年が経つ。慌ただしかった世間もようやく落ち着き始めたので、縁談が持ち込まれても可笑しくない時期である。

 

 まあ所詮噂であり、そんな事実は一切ないのだが。

 

 元々有名だったところにさらに武勲を立て、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアやルグニカ一の治癒術士であるフェリックス・アーガイルに加え、もはやルグニカでは知らない者はいない『英雄』ナツキ・スバルを友としているユリウスに縁談に持ち込まれないわけはない。が、縁談が舞い込みそうになってもアナスタシアが元主の特権とホーシン商会トップの権力を使い、裏からこっそり、ぷちっと捻り潰しているため実際に彼の元までその話が及んだことはない。

 当のユリウスも、もうすぐ二十五歳になろうとしているが結婚どころか見合いすらする気はなさそうだ。

 彼は特別な一人だけを一途に想っている身で、不誠実に他の誰かを愛せるような器用な男ではない。三年以上を主従として共に過ごしたアナスタシアは、それを痛いほど知っていた。

 

 ルグニカでも指折りの資産家貴族であるユークリウス家の長子。『最優』の名を冠する騎士であり、優れた才能を持ちながらそれに驕らず日々努力を続ける美青年。街を歩けば老若問わず女性から黄色い声を上げられ、男性からは憧れや尊敬の目を向けられる。

 そんな引く手数多なユリウスが、なんとナツキ・スバルに恋をしていると気付いた時のアナスタシアの驚きが分かるだろうか。

 始まりがいつだったのかは、アナスタシアには分からない。だが思い返せば、白鯨・怠惰討伐後の時点で既にかなり傾倒していたように思えた。ナツキ・スバルの功績が称賛されていれば我が事のように誇らしげな顔をして微笑み、「彼ほど周囲を驚かせる男はいないでしょうね」なんて言ってみせるのだ。人間の可能性というものが大好きで、自分に厳しいが故に同じだけのものを他者に期待するユリウスからしてみれば、自分の期待に応えるどころかそれを遥かに上回ることをやってのけるナツキ・スバルという少年は、気に入って当然、気にかけて当然の存在だったのだろう。

 

「ユリウスも貴族やし、そろそろ結婚してもおかしくない年齢やもんなあ」

 

 くるりと反転し、再び前に向き直る。

 アナスタシアにしてみれば、自分の騎士であった男の恋をちょっと後押ししてやろうという、ただの老婆心だった。

 スバル本人は、自分がどんな目でユリウスを見ているのか気付いていないようだ。あんなに焦がれるような視線を送っているのに、周りがユリウスとの仲をからかうと「あんなやつ嫌いだ。友達でもなんでもねえよ」と顔をしかめてしまう。

 だが、ユリウスが結婚するかもしれないと思えば、ちょっとは動揺して自分の気持ちに気付くかもしれない。

 アナスタシアとて、勝算のない戦いの舞台にユリウスを上らせるような真似をするつもりはない。勝算があると睨んでいる――どころか、押せば必ず勝てると思っているからこそ、こうしてスバルの想い人の少女達に相談もせずお節介を働いているのだ。

 

 銭勘定に細かいアナスタシアだが、かつての騎士と、彼を繋ぎ留めてくれた恩のある少年には損得勘定抜きで幸せになってもらいたいと思っている。

 アナスタシアの意識が眠りに就き、世界がユリウスの存在を忘れた時に、スバルだけが唯一ユリウスの存在を覚えていて、彼の支えとなってくれたことは彼の元主として今でも感謝している。ユリウスが『暴食』に名を食われた後彼と初めて会ったのはアナスタシアではなくエキドナだったが、主に忘れられたと知ったユリウスの絶望は想像に易い。

 だからこその、今回のお節介だ。二人が恋仲に発展した時にユークリウスの家が反対するなら、口添えだってしても良いと考えている。ヨシュアあたりは多少嫌がるかもしれないが、口八丁手八丁で丸め込む自信はあるし、何よりユリウスが望むことをヨシュアが拒絶できるとは思わない。

 エミリア王の唯一の騎士。立てた功績は数え切れないが、家という後ろ盾がないスバル。そんな彼をユリウスとくっつけてユークリウス家に入らせて、後ろ盾と伴侶を同時に手に入れさせてからエミリアと結婚させ、レムとも結婚させる。ユークリウスならば、王配の家柄として認めない者はいないだろう。誰も不幸にならない、とても幸せな未来だ。

 貴族の嫡男が、いつまで経っても結婚せず相手も見つけず、想い人に愛をぶつけることもしないどっちつかずな状態でいられる時間は残り短い。ならば、みんなが幸せになれる方へ周りが強引に手綱を引いてしまえばいい。

 仲人代として、自分の騎士には今後もたっぷりとホーシン商会を利用してもらうつもりだ。まずは式だ。エミリアには悪いが、先にこちらの二人の式を無理矢理にでもあげさせてもらおう。二人の衣装はもちろんホーシン商会から卸した物で。スバルの故郷ではオイロナオシという物があり、披露宴中に式とは違う正装を着るという。あのユリウス・ユークリウスとナツキ・スバルが着た物と同じ物とあれば、多少値が張ってもその後爆発的に売れるのは間違いない。庶民にも手を出しやすいように、価格を抑えた物も着てもらおうか。懐も心も暖かくなる未来を想像して、アナスタシアはふんわりと口元に笑みを浮かべた。

 

 ユリウスの縁談の話を聞いて、明らかに動揺するだろうか。それとも、動揺を隠していつものようにぶっきらぼうな物言いをするだろうか。

 どちらにせよ何らかの反応を期待していたが、後ろの青年からは何の声も返ってこない。疑問に思って、口元の笑みを隠して振り返る。

 

「ナツキくん?」

 

 振り返った先の光景を見て、浅葱色の丸い瞳をさらに丸くしてアナスタシアは言葉を失った。

 スバルが、黒い双眸からぼろぼろと涙をこぼしていた。拭われない滴は重力に従って頬を伝い、ぽたぽたと地面に染みを作る。

 顔を歪めることもなく、宙を見つめる瞳から静かに涙を流し続けるスバル。普段の彼とはかけ離れた、いっそ儚さすら感じさせる様相。かける言葉が見つからず息を詰まらせていると、アナスタシアの視線に気付いたスバルが頬に手を当てて、濡れた指を眺めて呟いた。

 

「あー……なるほど、かもしれないってだけでこんな感じになるのか。本当に結婚したら俺死にそうだな。ほんと面倒臭いなオメガって」

 

 納得し、自嘲するような小さな声に、アナスタシアは自分の思い違いに気付く。スバルは自分がユリウスを好いていることに、本当は気付いているのではないか。気付いていることを、周囲の誰にも悟らせていないだけなのではないか。

 

「……ナツキくんは、ユリウスのことどう思っとるん?」

「嫌いだよ。大嫌いだ。会わなくて済むなら一生顔合わせたくないくらい大嫌いだ」

 

 未だ涙を流しながら返された怒りを滲ませた声に、アナスタシアの困惑はさらに大きくなる。

 スバルはいつものように首筋に触れていた。ユリウスと話しているときや、第三者との会話の中でユリウスの名前が出たときにスバルがよく見せる癖だ。

 商人という職業柄、仕草から相手の心中を読み取ることには長けている。無意識に首筋に触るとき、人は不安や精神的な抑圧を感じていることが多い。

 

「じゃあ、ユリウスがナツキくんのことをどう思っとるかは知っとる?」

「ユリウスが? ……友人、とかじゃないですかね。我が友ってたまに言ってるし。記憶すっ飛んだ俺に自己紹介した時、友人だって言ってたしな」

「ナツキくんはユリウスのこと友達やとは思っとらんの?」

「……思えるわけがない。思いたくもない。これ以上、惨めな気持ちになりたくないからな」

 

 ぐっと騎士服の裾で涙を拭うと、スバルは何事もなかったかのように、普段通りの目つきが悪くて口も少し悪い青年に戻ってしまった。アナスタシアの名前を呼んで、がらりと内容の変わった世間話を始めた彼が、数秒前まで泣いていたなどとは誰も思わないだろう。

 これはどうやら、アナスタシアには思いも寄らぬ所に何か事情がありそうだ。

 紫の騎士の想いが成就するのは、少々手が掛かることになるかもしれない。

 

 

 

 

麗しの我が運命よ 1

 

 

 

セクピスパロとオメガバース、どっちが先に終わると思います?私はどっちも終わらないほうに賭ける。